グアテマラ総選挙とインディヘナの政治運動

文・写真 大神 礼文

 

 内戦後初の総選挙を迎えたグアテマラ。内戦中だけでなく、スペイン人の到来から500年に渡って抑圧され、沈黙させられてきたインディヘナ(先住民族)が、徐々に声をあげ始めた。が、その声は、まだ、小さい。

 

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 雨季も終わりかけの10月末。グアテマラ各地で、11月7日に行われる総選挙の運動が行われていた。険しい山に囲まれたウエウエテナンゴ県の集落、イシュタウアカンでは、インディヘナなどが中心となり、ノーベル平和賞受賞者のリゴベルタ・メンチュの妹も参加する政党、新グアテマラ民主戦線(FDNG)の候補者が、支持者に向かって声を張り上げていた。この地は、80年代を中心に、インディヘナに対する弾圧が激しかった地域の一つだ。FDNGの県議会議員候補、パスクアルがマイクを取る。村の人が話す言葉はマム語。パスクアルもマム語圏出身だ。彼がマム語で演説を始めると、鮮やかなウィピル(女性の民族衣装)を身にまとい商売に精を出していた女性達が、次第に集まり始めた。「この国を多文化、多言語の国にし、インディヘナ言語の公用語化を実現させ、差別をなくし、恐怖のない安心して暮せる国を作りましょう!」最初男性2、30人だった聴衆は、女性を含めて200人ほどに増え、演説が終わると拍手が沸き起こった。パスクアルは言う。「以前であれば、こういった場に近づくだけでも命が狙われた。明らかに時代は変わりつつある」

  マム語で演説するパスクアル

 世界遺産にも指定されている有名な観光都市、アンティグアから山手に2時間ほど入った人口4万人ほどの集落、サンペドロ・イェポカパでも、インディヘナ候補者たちが集会を開いていた。その中に、インディヘナの現職国会議員、ロサリーナ・トゥユクの姿も見える。500人ほどの群集に向かい、彼女は「インディヘナ」として政治的に団結する必要性を説いた。「現在インディヘナの地位向上に関する法案を準備しています。ですが、その法案を通すためには、みなさんひとりひとりの力が必要です」と、顔面を紅潮させながら、しかし淡々と訴えた。集会の後、ロサリーナは現状をこう説明する。「現在、インディヘナはまだまだ組織化されていません。特に女性の参加が非常に少ない。女性、老人、そして貧しい人達がアクションを起こさないと、法案通過はおろか、生活の改善もできません」

 

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民衆に支持を訴えるロサリーナ

 インディヘナの運動は、底辺からも起こりつつある。1993年、各地方のインディヘナ運動のリーダーや長老たちが集まり、デフェンソリア・マヤ(マヤの権利を守る会)という横断的組織が設立された。コーディネーターの一人、フランシスコ・レイムンドは、15歳の時に住んでいた村を軍に焼かれ、山に逃げ込んで「抵抗の共同体」(CPR)という避難民組織に参加した。デフェンソリアの設立後に参加し、インディヘナの権利の擁護や獲得の為に働いている。「この500年間、私たちは、貧困、差別、弾圧に対して、口を閉ざしてきました。しかし、徐々に人々は口を開き、行動を始めています」。そう静かな口調で私に語る彼は、歴史の証言者そのものだ。「内戦が終わった今、インディヘナが団結して、歴史的に作られてきた抑圧的な社会構造を変えなければなりません」。

 選挙こそ、国民が声をあげる最も大きな機会だ。今回の選挙で、デフェンソリアは、労働組合、職能団体、女性団体、人権団体などと協働して、投票のプロモーション活動を行ったほか、地方にある独自のネットワークを活かし、集会などを通じて投票による政治参加を呼びかけた。人々の反応は上々だったという。

 また、ウエウエテナンゴ県から首都グアテマラシティに向かう途中にあるクアトロカミーノスを通りかかると、たまたま、若いインディヘナの女性がヒッチハイクをしていた。選挙に関するアンケートを近隣の女性らに行い、その結果を持って女性団体の集会に行くという。その集会では、選挙とはどういうものなのか、自分たちの暮らしとどうかかわりがあるのか、自分たちは何をしなければならないかなどを、アンケートの結果に添って学んでいくと教えてくれた。「この国の半分以上は女性。私たちが投票することで、自分たちの国を作らなきゃ」と言って彼女は笑った。その笑顔に、この国の未来を見た気がした。

  鮮やかなウィピルに彩られたイシュタウアカンの広場

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 しかし、内戦中から続く構造は未だに変わっていない。内戦中、政府は自警団(PAC)という準軍事組織をインディヘナたちに作らせた。この組織は、インディヘナを相互監視させる、いわば権力者の統治装置だ。インディヘナ同士で殺し合うという悲惨な事態も往々にしてあった。PACの組織化を進めたのは、今回の総選挙で大躍進したグアテマラ共和戦線(FRG)のカリスマ、リオス・モント将軍である。インディヘナ団体や人権団体は、FRGの躍進を一様に危惧する。前述のフランシスコはこう言う。「FRGは、治安の安定を強く主張しています。確かに、彼らが政権を取れば、治安はよくなるでしょう。しかし、それは力による安定であり、内戦中の構造と何ら変わるところはないのです」。

 しかし、特に地方では少なからぬインディヘナがFRGに投票している。これはどういうことなのか?「FRGに投票したインディヘナは、自警団出身者が多い。つまり、解体されたはずの自警団が、別の形で復活しているのです」。ある地元ラジオレポーターも、FRGの得票について「インディヘナがFRGを認めたということ」とした一方、「利益誘導にのってね」と付け加えた。つまり、内戦中、軍や政府の利益誘導に乗ったPACの元メンバーが、FRGの新たな利益誘導に乗り、投票したということなのだ。内戦中の人権犯罪をまとめた報告書を昨年公表した歴史的記憶回復プロジェクト(REMHI)で以前働き、多田ヨウ子人権賞受賞式のため来日した経験もあるオフェリアは、私が入手した選挙結果の詳細を受け取るなり、地方でのFRGの得票率に目を走らせた。「見て、弾圧が激しかった地方ほどFRGの得票率が高いでしょ?これこそが内戦中の社会構造が変わってない何よりの証拠よ」

 

 インディヘナだけではなく、ラディーノ(スペイン人植民者の子孫や、混血その他の要因により文化的に西洋化した人々)にも、貧困にあえぎ、虐げられている農民がいる。アンティグア市にほど近い、火山の中腹にある集落のラディーノは、絶望したような表情で私に自らの経験を語ってくれた。いわく、「今の市長は、自分の政党に投票しないと水をやらないと言う。こんなところでは、水がないと、農業はおろか生活すらままならない」というのだ。もちろん投票は秘密である。投票所や投票用紙記入所も、誰に投票したか分からないような仕組みになっている。しかし、彼らに根付いた恐怖が、秘密投票を形式的な儀式としてしまっているのだ。

 

 

市長に投票を強制されたと語る農民(左)とフアン

 インディヘナのリーダーたちは、一様にこの「恐怖」の効果を強調する。FDNGの副大統領候補として立候補したマヤ族出身のフアン・レオンは、長年に渡る様々なインディヘナ運動の経験を踏まえつつ、こう嘆く。「特に内戦の激しかった地方では、未だに内戦中の軍による抑圧作戦の記憶が人々から消えていない。いくら投票は秘密だと我々が叫んでも、人々は家から出ようとしない」。500年かけて植えつけられた意識は、数年では消えないのだ。

 恐怖は不信をも生む。そして政治不信は、選挙離れを生む。グアテマラの主要紙、プレンサ・リブレは、「誰が勝つ?」「棄権だろう」という笑えない内容の風刺画を掲載した。事実、投票率は5割を僅かに上回っただけであり、棄権が最高の「得票率」だった。日本の最近の選挙実績を鑑みれば、高くはないがとりたてて低いわけでもないと感じるかもしれない。しかし、この5割という数字にはからくりがある。グアテマラでは、投票するためには自治体に選挙登録をする必要があるのだが、選挙権を持つ約500万人のうち、選挙登録をしたのは400万人にすぎない。差分の100万人を加えると、投票行動で自らの政治的意思を表明したグアテマラ国民の割合は、わずか3割にまで落ちこむ。選挙登録をしていないある村の50代の男性に、理由を尋ねてみた。答はこうだった。「私のような老いぼれは投票したってしょうがない。何かが変わるという希望なんて持ってない」

  

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 大統領選挙では、FRGのポルティージョ候補と、与党国民進歩党(PAN)のベルシェ候補による事実上の一騎打ちとなったが、双方とも過半数の票をとれず、12月26日に決選投票が行われることになった。元ゲリラであるグアテマラ民族解放戦線(URNG)は、他の小政党と新国家連合(ANN)を結成し、他の2党に差をつけられているとはいえ、得票率約12%で第3党の位置につけた。PANとFRGがある程度拮抗していることを考えれば、まずまずの成果を収めたと言っていいだろう。

 しかし、その成功の裏には、政治ゲームが隠れ潜む。当初ANNに加入していたFDNGは、インディヘナ政策の違いや議席配分での意見対立などからURNGと袂を分かった。その結果、インディヘナを代表する政治勢力が2分された。そのために、インディヘナは選挙で団結することができなかったとも言えそうだ。また、多数のジャーナリストらが分析しているように、FRGに投票したインディヘナも多数いたようである。それが自らの意志に基くものなのか、はたまた強制や操作によるものなのか、判然としない部分も多い。

 私が訪れたキチェの投票所付近では、いくつかの政党の党員をちらほらと見かけた。彼らが何をしていたのかまでは確認できなかったが、ある国際選挙監視員が、投票所付近にいたFRG党員が不正行為をしていないか確認しようとしたところ、殴られた事件があったという。私自身は、彼らが不正行為を行っていたという証拠をつかむことはできなかったが、逆に単に投票に来ただけと断定する要因もない。彼らがそこにいるというだけで、監視されているのではないかという恐怖を抱く人々が多いのも事実だ。

 

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 今回の選挙では日本も監視団をだし、在グアテマラ日本大使は「公正で透明な選挙が行われた」と現地の新聞紙上で語っている。だが、選挙から見える国の社会構造は、公正や透明とは正反対の位置にある。形式的な選挙経過だけではなく、社会構造にまで深く踏み込んだ分析や対処が必要だ。日本がグアテマラに「民主的選挙が行われた」とお墨付きを与えることは、闇に隠れた不正行為を正当化するのと同義だからだ。日本は、グアテマラの最大援助国である。その援助は、我々の税金から出ているのは勿論である。日本政府がより全般的にグアテマラに対する監視を強めなければならないのと同様に、我々日本国民一人一人もグアテマラの動向を注視する必要があるのだ。

 

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